2008年12月31日水曜日

よいお年を

 24日にパタヤに戻って来てから、クリスマス、忘年会と飲み会が続き、30日になってしまった。これではいけないと思い、早朝から大掃除を始めた。
 
 まず、毎年恒例の網戸洗い。埃だらけの網戸を外して風呂場に持って行き、タワシで洗った。それから、ベッドのシーツと枕カバー、布団の洗濯。床に掃除機をかけて、タイルを拭く。電子レンジ、オーブントースターの中も綺麗に拭いた。

 大晦日の今日は、ベランダのタイルを洗った。14階で水の出が悪いので、時間がかかる。流し台のホースが劣化して壊れていたので、新しいホースに交換した。汗まみれになったが、午前中で何とか終了した。

 午後は、新年初釣りの仕掛けを作った。それから、元旦の雑煮のスープも作った。これで完璧だ!

 今夜は、仲間とイサーン・レストランで忘年会。その後は、久々に繁華街をぶらついてパタヤの夜を満喫する。花火は23時45分ごろから始まるので、自宅のベランダから眺めることにする。

 来年は、3日に友人がひと月の予定で遊びに来る。5日は初釣り、7日から16日はタイ南部の温泉ツアーに出掛ける。インドの原稿も書かなければならないし、新年早々忙しい。

 今年の後半は世界的に経済が悪化して大変厳しい状況になったけど、来年はよい年になりますように。

 

2008年10月1日水曜日

出発直前に

約半年の間、丹念に資料を集め計画を練ってきたインド亜大陸一周の旅が、いよいよ明日スタートする。あれこれ考え過ぎてちょっと荷物が多くなったけれど、自分としては完璧な計画である。バンコクからバングラデシュのダッカに飛んで、そこから列車でインドのコクカタに入る。

コルカタで60日間のレイルパスを買って、10月5日スタートだ。ダージリン、マクロード・ガンジ、マナーリ、マニカラン、デリー、バナーレス、ルンビニ、ジャイプル、アグラー、カジュラホ、エローラ、アジャンター、ムンバイ、ゴア、カニャークマリ、マドゥライ、チェンナイ、プリーなど12月3日まで殺人的なメニューを消化しなければならないが、今回は無宗教の中国と違いルンビニを始めとする4大仏跡を巡るので、仏陀がきっと守ってくれるだろう。そう思っていたのだが・・・。

 間違いは、格安のバングラデシュ航空のチケットを買ったことだ。2日の出発予定が、意図も簡単に3日に変更になってしまった。しかも、出発時間は1時間以上も遅れてしまい、到着は現地時間の午前0時。その日の朝8時半の列車に乗らなければ間に合わない。
やっぱり高くてもタイ航空を買えばよかった。

 てな訳で、初めから出鼻を挫かれてしまったが、こんなことくらいで計画を変更するわけには行かない。これはきっと仏陀が私に与えた試練だ、そんな都合のいいことを考えて明後日に備えている。でも、空港で一夜を明かすことは確定のようだ。

 ぎりぎりの殺人的計画といっても、そこは旅慣れている私ですからちゃんと要所要所にスペアデイを作ってある。もし、ダッカ出発が1日遅れても途中で修正できるように考えてある。まぁ、インドの国鉄を全面的に信頼した上での計画であるが。

 パタヤの友人たちには何度も送別会をしていただいて申し訳ない気分だけれど、3日に出発します。皆さん、くれぐれもバングラデシュ航空には注意してください。

2008年9月27日土曜日

インド・ビザ その2

 10月16日、バンコクのスクムビット通りソイ25にあるインド大使館の下請けのアプリケーション・センターでインド・ビザを申請した。受け取りは、22日の午後3時30分と書いてある。指定の通りに22日に再びバンコクへ出向いた。

 午後一番でタイ国防省に出向き、軍の地図局なるところで軍が作成している5万分の1の地図を買った。来年に南部の秘湯を探しに出掛けるので、その為の資料として購入してきた。

 3時15分にアプリケーション・センターに着き、中に入って待っていた。が、3時半になっても動きはない。窓口の女性に訊いたら、4時になると言う。仕方なく座席に座って待つ。旅行業者や一般の申請者でフロアはいっぱいになった。

 やがて3時30分になると、窓口のガラスに紙が張られた。そこには、大使館の都合でビザの発給は4時になると書いてあった。何だって、1時間遅れか! ふざけるな!

 もともと大使館で業務をしていたが、大変なので下請け業者に依頼したのだろう。482バーツの高い手数料まで取ってこの様かよ。まったく情けない国だ。中国の方がまだましだ。

 結局、4時15分から発給が始まり4時30分にはパスポートを受け取ることができた。まぁ、仕方ないか、インドだから。これから2ヵ月も旅をするのだから、1時間くらいの遅れでイライラしていたのでは、インド亜大陸で生きていけないぞ! そう自分に言い聞かせてアプリケーション・センターを後にした。

 これで準備は整った。後は、バングラデシュ航空が予定通りに飛んでくれることを祈るばかりである。ただ、もう一つ問題がある。ダッカの空港に着くのが夜の10時30分で、多分、入国審査を済ませて荷物を受け取る頃には深夜12時ごろになっているだろう。初めての国で、深夜に空港からタクシーに乗って安宿街に行くのはちょっと不安である。

 空港に一泊するか。寝袋もあるし。

 

2008年9月18日木曜日

インド・ビザ

10月から出掛けるインド苦行の旅では、バングラデシュからインドに入りネパールを覗いてインドを一周してまたバングラデシュに戻る計画になっている。先日、日本のバングラデシュ大使館でビザを取得した。ネパール・ビザは国境で取れるらしい。問題はインド・ビザだ。在日中は時間がなかったので、バンコクのインド大使館で取ることにした。

 パタヤ在住の友人がネットで調べてくれた情報によると、インドの観光ビザは大使館ではなくアプリケーション・センターという委託業者が発給手続きを代行している。申請料は760バーツ(ビザ代360B,照会料400B)の他に手数料と税金が482バーツもかかる。しかも、申請料はインド大使館宛の銀行小切手で支払わなければならない。まったく面倒である。

 16日は早起きをして、パタヤ6:20分発のバスに乗りオンヌットで下車した。BTSでアソークまで行き、アプリケーション・センターがあるソイ25のグラスハウスビルまで歩いた。1階の大華銀行で小切手を作ってもらう。これにも20バーツの手数料がかかった。金額は少ないが何でも金がかかる国だ。

 15階のアプリケーション・センターに入る際には、荷物チェックが行われ携帯電話の電源は切るように言われた。先日、デリーで連続爆発事件があったからチェックが厳しくなっているようだ。

 チェックが終わり、申請書2枚を受け取り中に入った。日本で申請する記入例を持参したが、内容が少し違っている。適当に書いて、分からないところは係員に訊いた。職業欄には、NONEと書いた。中国大使館、バングラデシュ大使館でもそうだったが、WRITERと書くとジャーナリストと勘違いされて一筆書かなければならない。だから、無職と書いてしまった。

 申請書、写真2枚、小切手、パスポート、手数料482バーツを提出して、やっと受理された。あとは、22日の15:30に受け取るだけである。

 これで準備完了! バングラデシュ航空が予定通りに飛んでくれれば、10月4日にはコルカタに到着だ。
 

2008年9月7日日曜日

タイ秘湯ツアー第3弾 最終章







8月14日から20日、足掛け1週間にわたる秘湯ツアーはチェンマイの温泉リゾート民宿にて日程のすべてを終了した。1週間といっても、往復の夜行列車を除くと正味4日間のツアーであった。
 
 初日から苦戦が続き、計画通りに進まず秘湯探しに時間がかかった。反面、苦労して秘湯を発見した時は、喜びも一際大きいものであった。まさに生みの苦しみである。しかしながら、われわれは着々とタイの秘湯探しのスペシャリストになりつつある。さしあたり、タイ秘湯探しのインディー・ジョーンズといったところか。

4日間で発見した新温泉は10ヵ所で、入浴できたのは5ヵ所という結果を残した。場所だけ確認したが、諸事情により見学ができなかった温泉も3ヵ所あった。時間切れで断念した秘湯も1ヵ所ある。これらは次回の宿題としておこう。

 今回はチェンマイ大学の調査結果に基づいて新温泉を探してきたが、CHAOの情報も役に立った。そして、CHAOが未確認の温泉を8ヵ所も発見して、そのうち2ヵ所に入浴することができた。これは大きな成果である。

 次回の秘湯ツアーは、来年1月を予定している。参加者もすでに3~4名確定している。場所は・・・? タイ南部のラノーン、チュンポン、クラビ、パンガー、スラタニあたりかな。深南部は危ないので。
 

2008年9月6日土曜日

タイ秘湯ツアー第3弾 その15







温泉リゾート民宿


 今から5年前、CHAOの温泉博士・山内氏はチェンマイ県のゾウ・キャンプのある集落内の民家に温泉が湧き出ていることを耳にした。早速取材をして、露天風呂を造ることを提案したが、温泉井戸は集落の共有財産で勝手に造れないなどのややこしい話になったらしい。それから3年、ある家族がその温泉井戸と土地を買い取って、自力でリゾートを造り出した。その温泉リゾートが完成間近というニュースを聞いて訪れることにした。

 プラーオ郡から県道1001号線を南下して、国道107号線に出た。そこから、メーテン、メータマンのゾウ・キャンプを目指して走る。国道107号線の分岐点から約8キロ走ると、メーテンのゾウ・キャンプに着いた。ゾウ・キャンプとは、ゾウに乗って山を登ったり、筏で川くだりをする施設である。

 CHAOには地図が載っていたが、リゾートの敷地と道路を勘違いしてしまいどこが入り口か分からなくなった。ゾウ・キャンプの前を行ったり来たりして、やっと門を見つけたが入り口は板で塞がっていた。ここかなぁ? 

「サワディ カップ」そう言って、板を乗り越えて敷地の中に入った。

 もしここがアメリカの片田舎の農家なら、ライフル銃を持った家主が現れて「フリーズ!」を叫ぶだろう。びっくりして振り返ったら「スドーン」。不法侵入した強盗と間違えられて殺されても何も言えねぇ。 でも、ここは微笑みの国、仏教国のタイランド。そんな目に遭うことは絶対にない。

 挨拶をしながら歩いて行くと、作業中の奥さんらしき女性が現れた。
「こんにちは、温泉を見学に来ました」
 そう言うと、
「どうぞ、どうぞ」
 と、歓迎ムードだ。CHAOに掲載された記事のコピーを見せると、嬉しそうな顔を見せた。彼らは夫、妻、息子の3人だけで自力でリゾートを造っている。

「私は温泉の本を書いています」
 そう言って名刺を渡した。
「入浴してもいいですか?」
「いいですよ」 
 快く承諾してくれた。

 露天風呂は、日本人好みの岩風呂になっている。岩風呂の奥には小川が流れていた。温度は少しぬるいがゆっくりくつろげる温泉である。タイの山奥とは思えない風情だ。山内氏が指導したのだろうか?

 風呂からあがるとご主人が出てきて、敷地内を案内してくれた。木造のロッジが1棟、土壁のロッジが3棟あり、木の上には小さな小屋があった。まるで、ゲゲゲの鬼太郎の家みたいである。ご主人は、今年中にはオープンしたいと話していた。

 チェンマイ市内から50キロほどの場所に温泉リゾートが完成すれば、ゾウ・キャンプとセットで観光の目玉になるだろう。家族で造り、経営するリゾートだから、あえて温泉リゾート民宿と名づけた。宿泊施設には20名ほどが泊まれるが、レストランも造ってもらいたい。庭でバーベキューというのもいいだろう。

「完成したらまた来ます」
そう言って温泉を後にした。

2008年9月5日金曜日

タイ秘湯ツアー第3弾 その14







牛と入浴? プラドゥー温泉

 ツアー最終日は朝から絶好調で、10時半現在で2ヶ所の秘湯を探し当てて1ヵ所に入浴することができた。いろいろ苦難はあったけど、この調子でいくと優秀の美を飾れるかもしれない。

 次に目指すは、県道1001号線沿いにある2ヵ所の温泉。これらの温泉は、隣り合わせの村にそれぞれ湧き出ている。CHAOに地図が載っているので、簡単に発見できるだろう。甘いかな?

 初めはフエイグー村の温泉。フエイグーとは、蛇の小川という意味である。蛇が小川に生息しているのだろうか? 県道沿いにコブラが巻きついている大きな門があった。それがフエイグー村の入り口だ。門をくぐって中に入ると、お寺があった。お寺で工事をしている作業員に温泉のことを訊ねた。彼の話では、村を流れている川まで車で行きそこからは歩いて橋を渡り温泉まで行くというもの。

 とりあえず川まで行くと、橋は途中で沈没していた。雨期の大雨で壊れてしまったのであろう。フエイグー温泉へもたどり着くことができなかった。採石場にある温泉、川が増水して発見できなかった温泉に続いて3ヵ所目である。まぁ、自然相手の仕事だから仕方ないか。

 気を取り直して隣のプラドゥー村へ向かう。CHAOには、県道から入ってすぐのところにあると書かれている。村への入り口を見つけて入っていったが、どこまで行ってもそれらしき温泉は見当たらない。どこにあるのだろう?

 通りすがりの村人に訊いて、やっと場所が確定できた。その温泉は、県道から1キロ入った地点にある黒い仏像が祀られたお寺を左折したところにあった。

 硫黄の匂いが漂う草原には、3頭の水牛がわれわれを出迎えてくれた。そこには、コンクリート造りの露天風呂とその奥には、源泉井戸があった。露天風呂まではすぐに辿り着けたが、そこから先はぬかるみの湿地帯を歩かなければならない。しかも、湿地の下には源泉からのお湯が流れているので気をつけないと火傷をしてしまう。何とか辿り着いて、写真を撮影した。

 コンクリートの露天風呂は37、8度とちょっとぬるいが、入浴可能である。早速着替えて湯船に入る。手足を伸ばして入浴していると、1頭の水牛が近づいて来た。牛が入浴するのかと思ったが、湯船には入らなかった。とりあえず牛とのツーショットを撮影。

 この温泉がある草原にはトイレがあったが、現在は寂れていて使用できない状態である。このプラーオには5ヵ所の温泉が湧き出ているのだから、もっときれいに整備・管理をすれば温泉のある村として売り出せるのではないか。「いで湯の里プラーオで牛と入浴」そんなキャッチフレーズで村興しできるんじゃないの。

 風呂からあがるとちょうど昼になったので、近くの食堂で昼食を食べた。食堂の女店主が日本語を話すことができたので、フエイグー温泉への回り道を訊いた。彼女は知り合いに携帯で訊いていたが、結局判らなかった。

 レンタカーは今日の午後1時に返す契約であったが、もう間に合わないので半日延長してもらった。半日といっても1日分の料金を取られてしまう。仕方ない、チェンマイへの帰りに現在建設中の温泉リゾート民宿へ寄っていくか。